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1. 施工図屋も悪くない
  ?その1

2. 施工図屋も悪く ない
  ?その2

3. 施工図屋も悪くない
  ?その3

.4. 施工図屋も悪くない
  ?その4



      
 4. 施工図屋も悪くない? その4

■通勤は痛勤だった。
 通勤は電車で一度乗り継ぎがありました。毎日座ることが行きも帰りも出来ませんでした。行きは、大体どんな人も始まりは決まった時間からですから、ひどく混み合うのです。乗り継ぎまでの電車は、吊革も手すりもつかまらなくても、少しも倒れないくらいです。幸いに、終点まで乗ればよかったので、降りる苦労はありませんでしたが、揉みくちゃになって通勤からして、ボロ雑巾のように疲れたものでした。乗り継いでからは、乗り降りが激しく込み合いますが、ドアが開くたびに一息つけました。
 私は、ちゃんとネクタイを締めてスーツで通いました。会社の指示だったのです。しかし、殆ど『着たきりスズメ』の状態でした。
帰りは、乗り継ぎが、朝よりはうまく行かず、朝の1時間半に対して、2時間位かかりました。8時に現場を出ても、家に帰り着くと10時です。風呂に入って寝る。すぐまた、6時に起きる。誰もいない、中古のマンションでの私の生活です。


■年の瀬のクリスマスは一人ぽっち。
 こうして、現場では、相変わらず間違いが多い図面を書いて、いじられながらも上司二人とは仲良く出来るようになりました。また、指示されたこともだいぶ理解出来るようになりましたが、どうしてそうなるのか?は、よくわからないままでした。
「この納まりで、図面を書いてくれ」
と指示されて、その通りに写すだけです。たまにはいくらの厚みで描けば良いのか、いくら話したら良いのかなどは納まりなのか聞くこともありましたが、大半は面倒なこともあり、聞きませんでしたし、質問すら思い浮かびませんでした。しかし、私も少しずつ、知らずしらずのうちに力がついていたのでしょうか。それはわからないのですが。5月の連休明けから会社に1ヶ月足らず、6月から現場へと入り、なんとか半年は務まったのです。

 そして年の瀬のクリスマスが来た時、現場は6時頃に社員は、クリスマス会でみんな潮が引いたようにいなくなり、施工図の部屋の派遣社員もそれに合わせて、上がって行きました。私は、何の予定もありません。ほんの数人の社員が、酒を飲みながらグダグダいっているのが見えます。事務所の電気も半分くらいが消えて、います。
 私の上司の主任も工事長も今日ばかりは、私より早く帰って行きました。ぽつんと施工図の部屋でなんとも言えない寂しさに襲われて、なんだか涙が出てきます。独り者の寂しさです。


■その年も暮れそして明ける。
 12月28日でその年もいよいよくれて、事務所の中も片付けをし昼を過ぎると、独り抜け二人さりで6時を回った頃には、人が数えるほどしかいなくなりました。わたし、久しぶりに田舎に帰ろうと思いました。
 開けて、1月7日仕事が始まりました。工事も今が佳境です。仕上げが混み合ってきました。職人同士の喧嘩や揉め事も多くなりだしました。まだ始まったばかりですが、あくる年の4月にはオープンの運びです。私も大分仕事に慣れてきました。しかし、給料は上がりません。上げてもらうほど時間も経っていません。しかし、生活は殆どこれまで貯めてきた貯金を取り崩しています。このままでは、いずれ行き詰まってしまいます。
 それでも、小さな子供が、少しずつ言葉を覚え、それが何であるかを理解していくように私も、現場で見たり聞いたり教えられたりする事柄が、それまでバラバラであったものが、細い糸ですが繋がることが増えてきました。そうすると、ぼんやりとではありますが、ここはこうしなければならないとか、これはこの順序を踏まなければいけないのだとか、現場の人たちがうるさく言ってくる工程上の急がなければならない理由とかの様々な事柄の理由がおぼろげにわかるようになりました。とはいっても、小さな子が
「これは、チョコレートだよ」
と教えてもらい食べてみると甘くておいしい。次に
「これは、クッキーというものだよ」
といって貰ったものを食べてみるとやはりおいしい。そのあとに、
「おやつをあげよう」
といって貰った、チョコレートとクッキーを見て、二つ会せると『おやつ』というものらしい。そして、おやつには、いろんなものがあるのだと知る。
そんな程度の繋がりでしたが、私は少しずつ分かってくることが、日々の中でどんなにか慰められたものでした。



■いよいよ、独立の決心を決めました。
 私は、1月が終わる頃にその計画を立てました。今の派遣会社から、独立する計画です。しかし、どうやってやれば良いのか?独立するということは、この現場からでていくことになります。しかし、やるしかありません。これまで、いろいろな考えて立てた結果の捨て身の独立計画です。この計画には、現場の今の私の直接の上司である、工事長と交渉しなければなりません。
 私の計画は、工事長に泣き落としを掛ける訳ではありません。そんなことは、彼に言えるはずもありません。所属する会社が違うのですから。ですから、私の会社に掛け合うしかないのですが、私は入社する時に、「給料はいくらでも良いから、雇ってくれ」といい、雇って貰った経緯があります。ですから、給料を上げてくれなければ辞めると言えば、

「そうですか。じゃあどうぞ、おやめ下さい」
といわれることは間違いありません。では、どうしたものか?
今の工事長に掛け合うしかありません。現場で直接雇ってもらうのです。
今の現場は、施工図の書き手は、猫の手も借りたいほど人手が足りない状況にあります。それだけが私の頼みでした。工事長と掛け合う時の一番の強みでした。
私は日ごとに、この賭けに勝てる気がしてきていました。
『今の会社の給料では、やっていけないのでやめます』
といえば、
『こんな忙しい時にやめられたら、どうにもならなくなる。やめずに続けてくれることはできないのか?』
と言ってくる筈です。その時、
『会社は辞めるが、仕事は手伝わせていただきますので、私と直接契約をしてもらえませんか。今、工事長が私の会社との契約しているその金額より、少ない金額でいいですから。それならいいでしょう?』
『分かった。そうしよう』
まあ、そんな風にトントンと話が進むとは、むろんあり得ないでしょう。しかし、大筋はこの通りに進む筋書きです。こういう段取りです。きっとうまくいくと私は踏んでいました。この現場に入った時からこういう具合にしようと考えていたわけではありませんが、切羽詰まった私に、天が与えてくれた、知恵のように思えました。この模擬のやり取りを頭に叩き込んで、一人で何度も練習しました。まるで、新卒の面接のような心持ちです。



■「辞めたい」と切り出す

 私は、意を決しました。それはある日のことで、工事長に打ち合わせや差し迫った用事がなさそうな時を選んで「辞めたい」と言いました。どう工事長が返事を返すのか。私の心臓は早鐘のように打っています。
「会議室にいって話そう」
「はい」
いくつもある会議室の一つに入って、腰を下ろしてから、もう一度いいました。
「なんだって。辞める?」
「はい、仕事や人間関係に不満はありませんが、今の給料では、貯金を取り崩しての生活ですので、貯金がなくなると同時に、お金が廻りません。後数ヶ月には、それも尽きてしまいそうです。せっかくわかり始めたのに、残念です」
わたしは、仕事は続けたいのだが、会社の給料ではやっていけないのだということを、強調して言いました。予習していたやり取りとは、まったく違ってなんだかスムースに口をついて出て来るではありませんか。
「え、いくら貰っているんだっけ?」
「手当を含めて17万円です」
「そうか、そりゃ苦しいかもな。しかし、今が一番忙しい時だから、辞められると困るんだがなあ。なんとかならんかいな。」
「会社には、まだ賃上げをいえる程、年が経っていません」
「うーむ」
工事長は考え込んでしまいました。ここからは、予定どおりの展開に持っていく必要があります。
「もし、私と直接契約をしてくれ、ちょっと給料を上げて貰えれば続けることができます」
わたしは、こう切り出しました。
工事長がギロリと私を見ました。少し、おっかなくなって、
「そういう方法しかありません」
「しかしなあ。お前とこの会社の人間がくると困るよな」
「私を知っている人間は現場にはいませんし、私をここに連れてきてくれた、人事の課長以外、私には面識がありませんから、せいぜい月に一回来るか来ないかです」

「まあ、それもそうだな。ちょっと上司と相談してくる。このまま待っていてくれ。どうなるかはわからんけど、話してみるわ」
「はあ、すみません」
そう言って工事長は出ていきました。「どうなるかはわからんけど」という言葉が、私を不安にさせます。『言わなかったほうがよかったかも知れない。いや、どのみちこのままでは、自分の生活も行き詰ってしまう。仕方がない、、、ここは一か八かなんだ』
『いや、いわなければよかったかもな』私の心の中で、後悔ともあきらめとも、失望ともつかない複雑な気持ちが強くなったり逆転したりして絡み合っています。胸が締め付けられたように息苦しくなります。しかし、ともかく私は言ってしまったのです。これは、厳然たるじじつです。もう、引き返しは出来ないのです。

工事長はなかなか上司との話から帰ってきません。『話が難航しているのかも知れん』
私は最悪の事態を覚悟しなければなりませんでした。そう思うと胸が早鐘をうちだします。もう落ち着いていられない。掌に一杯汗がにじんでいます。ずいぶん長い時間が流れたと思いました。まだか、まだかと焦りながら、一方では今返事をもらわなくてもいいのにとも思います。



■ついに独立決定

 出入り口ドアがバッと開いて工事長が入ってきました。私は、恐ろしいものでも見るように、ぎょっとしてそちらを見ました。工事長です。彼はいつでもポーカーフェースですので、見た限りでは何とも結果がうかがい知れません。
そして、私の前のテーブルの向かい側におもむろに座りました。
「えーと。話したけどなあ。ダメだった」
「えー」
私は、思わず金切り声をあげました。
「嘘だよ、嘘。オッケーだった。良かったな。この契約書に記入して明日でも俺にだしてくれ」
「あ、ありがとうございます。一生懸命にがんばります」
「うん。よろしくな」
私は、この工事長にずっと付いて行こうと思いました。
「じゃ、仕事にもどろうか」
「はい」
私は、その場で踊りたい気分でした。それをやっとのことで納めて、契約書を見ると、なんと月決めで45万円とあります。残業代はその時間給換算での1.5倍増しとあります。私は焦って答えました。この時が、私が施工図屋として独立した瞬間でした。どれほどこの日を待ったでしょう。



つづく(作成中)



 私は施工図屋をやってよかったと思っています。
建物が完成した時の爽快感や達成感も悪くはないのですが、何より、給料が悪くないからです。平均的なサラリーマンよりは、ずっといいと思います。ただし、サラリーマンとしての施工図屋ではなく一匹狼的なフリーの場合では特にそれが言えます。
 ですから、よく、施工図の会社に勤めていて、独立の機会を誰もが狙っているわけです。
しかし、昨今の不景気はそのチャンスがなかなか掴めないかもしれませんが、どの世界でも、どの会社でも腕のある人は常に需要があるものです。チャンスが生かせるように常に、努力を怠らないようにすれば、それ程長い年月を待つ事はないであろうと思います。

今東光という作家のことばでこんなのがあります。
『汝、必要な人間になれ』です。人からあいつが絶対に必要な人間だと思われる人間になれば、仕事も女の子も自然と寄ってくる。ひいては、お金もです。そのためには、実力を身につけねばなりません。













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