| 建築主、建築設計者、工事施工者の体制が一応の形で整うと、日影規制の係る建物を建てる場合、建設場所における近隣住民の説明会を開く必要があります。そのためには、まず、町内の長である町内会長の元に伺います。それは、建築確認申請が、提出以前の話から始まります。これからの体験談は、あくまで施主側の一員である工事施工者からのものです。
日影規制にかかる建物を建てる場合、その建物の規模が相当大きく、影響を与える範囲が広い場合には、建築確認申請を提出する前、つまり、日影の看板を出す前に近隣対策にかかります。看板をいきなり立てた場合、問い合わせや反対意見が殺到することもあるからです。
「いきなりこんな看板を立てやがって!」
と、最初から強い逆風を受けてしまうことがあるからです。そこで、まずは、町内会長を訪れ、
「ある建物を建てる計画をしています。まだ、(日影の)看板は敷地に建てていませんし、確認申請も出してはいません。まずは、ご挨拶してからと思いまして。今日は、ご説明と挨拶に伺いました」
などと説明からかかります。工事説明会で、近隣住民に集まって貰うための最初のアプローチは、町内会長以外にはないからです。
しかし、この時はあくまで、「建設工事の工事説明会」を開くとういことが主体です。建設工事は、日影の影響を受けない住民にも広範に及びます。日影による影響は、その日影になる時間は個々に違いますので、工事とは切り離してもよいのです。何度も書きますが、日影は結局は建物が合法的なものであれば、補償の問題なのです。
建築工事説明会を開くといっても、日影規制や他の法令に反した建物を建てる訳ではないですから、どのように工事を進めるのかを説明するだけです。
町内会長との話にもどします。 その時の町内会長の反応で、建てようとする土地の人々の反応が大体わかるわけです。また、町内会長がどんなふうな人なのか?気難しい人か、話のわかる人かなどもわかります。その町の大体の雰囲気が掴めるのです。
日影規制の影響を受ける範囲に入っている人とそれに影響されない人とが同じ町内でもあるということは、一般的です。日影規制の影響を受ける人達は計画している建物の少なくとも南側に住んでいる人たちなのです。それ以外の人たちには、少なくとも日影による補償はありません。
例えば、建設の予定地が道路の反対側で、その方が北側にあたます。この場合は、北側の住民には日影規制の影響はまったく受けません。同じ町内であってもです。従って、影響おない町内に住んでいる町内会長は、こいう説明会などでは役目上動いてくれますが、基本的には日影のような金銭に関しては関わりたくないのが本音です。当然でしょう。
ただし、建設工事に伴う工事車両の敷きへの出入り、工事中の通行の安全確保、工事の騒音などの十分な対策への要望はありますから、これに関しては積極的に関与してきます。
町内会長といっても、計画している老人ホームの日影が複数の町内に渡る場合にはその総ての町内会長も対象になります。(これまで、私はそうしたケースに遭ったことはありませんが)訪問しても会えなかったり、都合が悪かったりしてなかなか会えないこともあります。しかし、早急に合わないと、説明会の段取りが組めません。また、確認申請も出しづらくなります。
その分、着工が遅れることにもなりかねません。日を詰めてアポイントを取るようにします。これらの訪問には、建築主と近隣対策として設計事務所と施工者が同行します。
訪問の結果を、町内会長がどういう判断をしてくれるかが鍵になります。
「まずは、個別に訪問して、資料を提示して説明してくれ」
と言われることがありますが、説明範囲が広い場合には、各戸を歩いて説明会を開く旨のチラシを、簡単な建物の計画書などを添えて配布します。そこで、住人に説明を求められれば、説明します。配布を終えた頃に、日影の看板を老人ホームの敷地の見やすい場所に建てます。
「チラシが入っていたのはこれのことか」
となるようにです。
対象とする範囲は建物の高さの2倍の範囲を想定して進めますが、町内の切りの良いところとなりますので、もう少し広くなる場合もあります。また、この範囲を少し外れた近隣住民の出席も可能です。
工事説明会は、建物の計画や工事の手順、工事車両の通行や安全確保など近隣説明を行います。それに、加えて建設する建物により日影規制範囲に入る近隣にも理解を求めます。日影も法的に定められた範囲においては、それを逸脱しない設計であれば合法的です。この工事を中止させることは、余程の理由がない限り不可能です。土地の所有者の利益の機会を妨害することになるからです。
説明会を開くべき町内にどんな人が住んでいるのかは、また、その町内会の住人の名簿を得るにはそうしたサービスをする会社があり、そこに依頼します。そこで町内住民の名簿を得る訳です。施主側が自ら歩き回って集めることはありません。
工事説明会では、日影規制によって影響を受ける人もふくめて、この時には一緒に行います。その後、工事説明と地元の要望によって合意がなされたら、協定を結びます。これで工事は着工の運となります。
日影規制により、日影が生じる住民には、工事説明会が終了後に日影の説明会を開きます。この時には、日影に関する資料を配布しまた、パネル張りをした図面等を提示して説明します。しかし、建物の変更は受け入れません。
建築的に合法であれば、当然です。しかし、それゆえに、説明会はかなり紛糾します。合法であっても日影が生じることは、日々の生活では影響を受けない筈がないからです。これもまた、当然ですが、日影が生じる時間は、建物の際に住む人も、相当離れた場所の住人にも同じ時間の日影が生じる訳ではありませんので、住人達にも立場が微妙に違ってきます。
日影説明では、多くても3回程度で、個別の補償交渉に入ります。影響があまりない、殆ど影響を受けない人から順次個別に補償交渉を行います。そして、やがては大きな影響を受ける人へと移ります。この辺は、駆け引きもありますが、かなりの譲歩もするしかありません。住民の所有する土地が、殆ど終日日影状態にあるとなれば、当然でしょう。土地の評価や価値も落ちることにもなりますから。補償交渉は、一日に何回かに分け、また、一度に5組程度をこなすようにします。
ここは、建築の営業職の人間と、工事の長が受け持ちます。会社の上司との連絡を密にとり、どこまで譲歩するのか、出来ないのかを決定してゆきます。これらのお金は結局、施主から出るのが本筋です。
説明会を開くとなると、その会場の手当も事前に用意する必要があります。町の人が集まるような公民館のような場所が近くにあれば、借ります。なければ、どこかの住民の家や工場の一室など、マンションにある集会室などを借りて行います。この会場のあるなしなどの情報も、町内会長に事前の挨拶の時に得ておきます。
説明会はウィークエンドの夜などを選んで、出来るだけ多くの人が集まってくれる日を選びます。大体、3時間程度の説明会時間を想定していますが、紛糾すればもっと長くなりますし、一回で終わることも勿論、ありません。
説明会当日までに、建築主側はやることは、説明会で使う資料です。A1サイズくらいのパネルに建物の建築主、設計者、施工者、用途、規模、工事の工程表、工事の車両の侵入経路、工事の曜日や時間、日影図、日影が落ちる範囲、建物の立面や断面、パースなどを貼って説明し易いように用意します。
同様の資料を、A3程度にもまとめて用意しておきます。素人でもわかるように出来るだけ分かり易くします。これらは、建築設計事務所も用意しますが、施工業者も手伝います。費用は施工者持ちです。建築設計事務所は、殆ど資料を出して終わりです。後の作業は建設業者が行います。
近隣住民には、こちらの都合で集まってもらうのですから、ペットボトルのお茶くらいは用意します。それ以上は、しません。それ以上すると建築主がわに、町内住民がかえって、不信感を持ちかねないからです。
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